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ゲド戦記(映画)

日本テレビで放映されたゲド戦記(宮崎吾朗監督)を見ました。

ロードショーを見にいけなかったのが残念だったのですが、見終わった今としては地上波でよかったかな。というところです。

絵も話もある程度の水準に達しており、さすがジブリだなぁと感じさせますが、他のジブリ作品に比べて場面の展開も登場人物の(心身の)動きも唐突というか気まぐれというか・・・妙なチグハグ感が抜けなかったです。
あと10年修行して作ったものだったら、もう少しよかったかもしれないですね。


それ以上に気になったのが原作との乖離です。
アーシュラ・K・ル=グィンの原作とはずいぶん違います。
話の筋が違う分にはそれほど気になりません。あくまでも「原作」ですから。
が、両作品の対決の軸がどこにあるかということを考えると、残念です。
映画のほうはクモとの対決という外的な対決がメインとなるあまり(映像化しやすいですから)、ハイタカやテヌー、アレンの内面での対決が慌しく解決(うやむやにされていると言ってもいいかも)されている気がします。


ル=グィンはエッセイ集『夜の言葉』で「舞台がワシントンに変わって、王がアメリカ大統領になっても違和感のない作品はファンタジーではない」と言っています。(何せ20年前に読んだ本なので、うろ覚え。間違ってたらゴメンナサイ)
この頑なさ、すなわち「世界の均衡」という現実化できない概念や内的対決がゲド戦記を映画化不可能と言わしめていたわけで、吾朗監督には荷が重かったといわざるを得ません。


さて、原作を読み直そうかな。
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紅葉修

Author:紅葉修
もみじおさむと読みます。
趣味は鳥見、トンボ見、寺社巡り、ラテン語、ゲームなど。
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