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鳥見4周年

鳥見をはじめて、なんだかんだで5年目に突入です。
結構移り気なところのある私ですが、なかなかしっかり続いてます。(投資額が大きいのもあるか?)
多分、旅(travelも、tripも)や人気のないところが好きな性分とマッチしているからでしょう。
そういう性分ゆえに、「定点観測」などが苦手な分野なのですが。

昨年度はなかなか見られなかったベニマシコやアオバト(声だけは何度もあるんですが)、ツミを見ることが出来ましたし、ハクガンやソリハシセイタカシギなど珍鳥の出会いも体験させていただきました。


今年度の抱負ですが、
いわゆる普通種はおおむね見た(と思う)のですが、まだまだ識別もいたらないところが多いので、一羽一羽しっかり見ていけたらと思います。
あとは、ヤマドリかアカショウビンが見れればなあ、などと思っております。
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才蔵寺

二葉の里歴史の散歩道16番目、ついに最終回です。
最終回にして、ここ才蔵寺がもっとも私のツボに入りました。

まさにパラダイス(by探偵ナイトスクープ)です。
写真はパラダイスっぷりを列挙するので、本題に入る前に才蔵寺の成り立ちを。
(どっちが本題?)

真言宗才蔵寺は福島正則の家臣可児才蔵(かにさいぞう)を祀る寺です。
可児才蔵は槍の達人で「笹の才蔵」と異名をとりました。
単に戦に強かっただけでなく、福島氏改易の際起こるかも知れぬ戦のために味噌の貯蔵を行ったり、城下の人々に栄養価の高い味噌作りを奨励したり、貧しい人々に味噌を配ったという数々の味噌にまつわる言い伝えが残っています。
晩年には仏門に入り、人々の脳病の治療に専念したそうです。
これらの言い伝えなどがミックスされ、可児才蔵→脳・味噌→合格!というミソ地蔵伝説になったのです。

才蔵寺前地蔵尊
才蔵時の前にある地蔵尊
参道に入る前からパラダイス臭が漂います。
左手の碑文はこんな感じ(全文読めませんが)
交通安全

参道の階段にも仏様がずらり
参道
曰く、四国八十八箇所参りらしいです。

そして、
境内地はすごいことになってます!
サムネイルをクリックすれば大きな画像で楽しめます。
才蔵寺境内
石像と碑文がまさにカオス!
境内地が狭いので、より圧迫感あるパラダイスっぷりが楽しめます。
写真中央のありがたい言葉のようなのは他にもたくさんあります。

可児才蔵像の後ろにあるのがミソ地蔵です。
ミソ地蔵
お寺で味噌を買ってお供えします。
味噌は可児才蔵の故事に習い福祉施設に寄付されます。(売ったら二重に儲けている気もするが・・・)

才蔵像と大師像の間に見えるのは「さざれ石」
さざれ石
なぜさざれ石がここにあるのかは分かりません。

右手奥に見える建物には「さすり地蔵」「隻身愛情歓喜天金像」(こちらは見れません)。
さすり地蔵
さて、その歓喜天金像なのですが・・・
重要文化財?
重要文化財、だそうです。
帰って調べてみましたが、とりあえず、日本国、広島県、広島市の重要文化財ではないようです!!
おそらく才蔵寺の重要文化財なのでしょう。

ミソ地蔵のところに生えている小さな竹にもいわれがあります。
天然記念物?
文殊竹。天然記念物、だそうです。
帰って調べてみましたが、とりあえず、日本国、広島県、広島市の天然記念物ではないようです!!
おそらく才蔵寺の天然記念物なのでしょう。


これらのセンスに「石井良道」さんが深く関わっている(掲載の写真にも読み取れます)ようですが、現在の住職の方とは苗字が違います。
どういった方でしょうか?


さいごに
トラさん
境内奥の家の前にいた
「トラさん」です。
ツッコミどころが多すぎて・・・・
(昔、トラという名前の犬を飼っていて、それが亡くなったことを偲んで・・・という話なら、ほろりという流れですが、どうでしょう?)


地図

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聖光(しょうこう)寺

聖光寺山門
聖光寺山門

二葉の里歴史の散歩道15番目
二葉山麓七福神めぐりはついにラスト。
黄金の観音像がよく目立つ広島山聖光寺。

本堂
本堂

曹洞宗のこの寺の成り立ちは少々ややこしいです。
この寺は昭和50年に2つの寺が合併してできました。

もとからこの地にあったのは広島山瑞川寺。
広島でも最古の寺のひとつ。山号は毛利輝元がこの寺に泊まった際に変えられました。

もうひとつが現在の中区小町にあった洞景山聖光寺。
現在の寺号はこちらの寺からつけられてます。


この寺も赤穂浪士と深いかかわりがあります。

大石親子供養墓
大石親子供養墓

赤穂浪士討ち入り成就の報をもって寺坂吉右衛門が浅野家にやってきました。
その際、大石親子の遺髪を浅野家菩提の国泰寺に弔って欲しいと願い出ますが、浅野家は科人の弔いは難しいと遠慮。結局聖光寺(当時の瑞川寺)にて葬られ、供養墓が建てられました。


中庭は広く、東屋などもあり、ゆったりした時間をすごすことが出来ます。
表情豊かな十六羅漢が気に入ったので、少々大きな画像ですがまとめてみました。

十六羅漢
十六羅漢+仏さま
思い思いの場所でくつろいでます。
一応右手にあるものから並べてます。


他にもいろいろいるのを探して歩くのも楽しいです。

狛犬
狛犬。
他の新しさに比べて、かなりの年季。

蛙
蛙。
「建て蛙」「着蛙」「置き蛙」などたくさんいます。

梵鐘堂
梵鐘堂にもひっそり。

一休さん
山門にも。
かわいい。欲しいなぁ。


で、いよいよ最後の七福神は布袋です。

布袋
布袋尊
「限りなき 宝の布袋 みてはげめ 笑う門には 福来るなり」

中世以降布袋と禅宗が結び付けられたそうなので、つながりがあるといえばありますね。


地図

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尾長天満宮

尾長天満宮随身門
尾長天満宮随身門
このような門のある神社は珍しいそうです。

二葉の里歴史の散歩道13番目
二葉山麓七福神めぐり5番目
は、学問の神様菅原道真を祀る尾長天満宮。


1月と2月にそれぞれ訪ねましたが、さすがにこの時期は幟も多く、稼ぎ時といったところです。

随身門には左右大臣像があります。
お寺の仁王と同じ役割です。
道真ライトサイド
ライトサイドの左大臣

道真ダークサイド
フォースの暗黒面に堕ちた右大臣
この大臣像は道真ではありませんが、右大臣と言う共通点もあるし、考えさせられます。

尾長天満宮拝殿
拝殿
大正15年の豪雨で倒壊したため、昭和12年に饒津神社の招魂社を移築したものだそうです。

この天満宮は道真が大宰府に下る途中、ここに立ち寄って休息したという言い伝えがあり、拝殿の裏手には道真が座った石があります。
○○が座った石って世界中にありますが、みんな考えることは一緒なんですねえ。
また、平清盛がこの地で嵐に見舞われ、窮地に陥ったとき道真公の加護を求めたところ、九死に一生を得たとか。

道真腰掛石
道真腰掛石

天満宮にしては珍しく、ここには撫で牛がいませんが、代わりに「登竜門」があります。
登竜門
登竜門(竜神社)
絵馬を奉納する際、登竜門をくぐり、この竜神社の石を年の数だけ打ち、願をかけるという独特の作法があります。

さて、尾長天満宮には三対の狛犬がいますが、境内にいる古い狛犬には驚きの特徴があります。

鳥居の狛犬
鳥居のところの狛犬
拝殿近くの狛犬
拝殿近くの狛犬
フラッシュの光のせいで平面になってしまった。

問題の狛犬はこちらです。
境内入り口の狛犬
境内入り口の狛犬
ちゃんと、「獅子」「狛犬」となっております。
寛政6年(1793)の作品で、広島でも特に古いもののひとつです。

上の写真ではその特徴が見えないので、アップの写真を。
狛犬局部
狛犬局部

右のほうには「ついてて」左のほうには「ついてない」のが分かりますでしょうか?
つまり、この狛犬は雌雄(もともと狛犬は雌雄なのですが)の特徴がちゃんと描かれてる珍しいものなのです。

これをあとで知って、わざわざ夜明け前に撮りに行きました。(國前寺と順番が入れ替わったのはそのためです)
夜明け前でしたが、信心深い参拝者の方がいらっしゃいました。
それに対して、私のほうは局部を撮るためとは・・・・。
(ちゃんと参拝もしましたよ!)


さて、最後に恒例の七福神。
壽老人
寿老人
「玄鹿(くろしか)の 命長きに あやかれと 杖を引きつつ 世を救う神」
他のところみたいに小道具の部分で凝っておらず、シンプルな感じです。
鶴羽根神社の弁財天(学芸の一面も持つ)と入れ替えたほうがいいと思います。


地図

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春の予感(職場で鳥見)

セグロセキレイ
セグロセキレイ(09/01/04広島市で撮影)
類似種に頭の白黒がネガ反転したハクセキレイなどがいます。

もう、鳥たちの間では冬は終わり、春になっているようです。

電線の上で、セグロセキレイがさえずりを披露してくれました。
普段は波状飛行しながら「ビビン ビビン」と甲高い地鳴きだけですが、この時期のセキレイはちょっと口真似できないような複雑なさえずりを行います。
鳥見を始めたばかりの頃は、何の鳥がさえずってるのかわからず、慌てたものです。

ヒヨドリたちも渡りの準備でしょうか、100羽以上の群れに集結していました。
年中見られるヒヨドリですが、実は国内を北に南に移動しています。
4月半ばから5月初めには北に向かう巨大な群れを見ることが出来ます。

実に楽しみな季節がやってきましたよ。

仁義なき戦い(山で鳥見)

オオマシコ
オオマシコ

昨日借りたレンタカーの返却まで若干時間あるので、山に行ってきました。
赤い鳥狙いで。
確かに「赤い鳥」は現れてくれたのですが、キミじゃない。

とはいえ、オオマシコだって主役級の役者です。
彼でがっかりなどと文句を言ったらバチが当たりますな。

アトリ
アトリ(08/11/03山口県で撮影)

特に変哲のない木をオオマシコ一家とアトリ一族が奪い合ってました。
オオマシコたちがこの木でのんびりしているところに一羽アトリがやってくると、オオマシコがアトリを追い出します。
するとアトリが手勢を引き連れて戻ってきて、居座り、オオマシコを追い出してしまいました。
移り気なアトリが一羽二羽と隣の木に移ってゆくと、オオマシコが戻ってきてアトリを駆逐。

最終的に天下はオオマシコのものになったかと見えましたが、一台の車が猛(といっても山道ですが)スピードで通り過ぎ、みんな飛ばしてしまいました。

あれ、なんか「漁夫の利」みたいな話になってしまいましたが、2時間の間に、その他ベニマシコ、ルリビタキヒガラ・シジュウカラ・ヤマガラの混群など楽しみました。

幸運の女神(鳥見)

マガン
マガン
ABBEY ROADぽく見えませんか?
見えて欲しいなあ。


本日は鳥見の先輩Iさん、鳥見初心者Rさんの3人で鳥を見てきました。
目的地をどうしようかと思ってましたが、天気予報を信じて出発。

着くや否や餌場を変えたコハクチョウの群れ。

そして、ミヤマガラスの群れに遭遇し、コクマルガラスが5羽(白色2黒色3)も混じってました!

コクマルガラス
コクマルガラス(左が白色型、右が暗色型)
なんだかキックオフ状態のラブラブペア。
もう一組白+黒の組み合わせもあり、びっくり!

それからすぐに飛び立つマガンの群れにハクガンが混じっているのを発見。
降り立つ場所を特定できたおかげで労せずハクガン。

首を折らない変なアオサギだなあと思ってたらマナヅルだったり、

マガンの群れにはこれまたあぜ道の上で眠るアカツクシガモ。
まるでビニールの肥料の袋に見えるぐらい楽勝で観察。

アメリカコガモやホシムクドリ、ヒシクイなども登場してくれて、久々にウハウハ状態。
現地でうかがったアレやコレは見ることがかなわなかったものの、それは贅沢と言うものです。


同行のR女史のビギナーズラックという名の神通力爆発の一日でした。

國前寺&護法神社

國前寺山門
國前寺山門(市重文)

二葉の里歴史の散歩道、いよいよ佳境の14番目、
(13番目の尾長天満宮は後日)
二葉山山麓七福神めぐり6番目は日蓮宗國前寺。

この國前寺の山門はいい感じです。
どうやら不動院の楼門を参考にしたみたいです。確かによく似てます。
参考:不動院

仁王像
仁王像
ちょっと細身で迫力不足のような気がする。

本堂
國前寺本堂(庫裏と共に国重文)
庫裏
庫裏

本堂と庫裏の様式は江戸時代初期に流行したものですが、現存しているものは少なく、これほど規模の大きいものも多くないとのことで国の重文に指定されたそうです。
完成当時は浅野家の菩提寺だったのですが、完成から20年後(1692)に幕府が日蓮宗を禁止する政策を打ち出したため、浅野藩も寺への保護をやめたそうです。
禁止令まで出されながら、これだけの寺勢を保つのは並大抵のことではなかったと思われます。

鐘楼
鐘楼
こういう重厚な建築は大好きです。住むのならこういう建物がいいですね。

大黒天
大黒天
「打つ槌に 宝の雨を ふらしつつ 無福の民を 救う御神」
最初は、何で?って思いましたが、どうやら大黒天は日蓮宗で盛んに信仰されたそうなので、ぴったりといえる配置みたいです。
最初は侮っていた新興七福神ですが、なかなか考えられてますね。


最後に、國前寺の裏手にある護法神社を紹介
護法神社
護法神社
もとは日蓮宗の祭祀対象である三十番神を祀っていた、らしいです。
鳥居の低さはネタ級です。
カメラを目線に構えて撮りました。
私の身長は167cmですが、鳥居に頭どころか胸が当たります。

狛犬
護法神社狛犬
狛犬というより護鬼みたいです。鬼が踏まれてますよ。

地図

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運は勇者を助く(右往左往アーカイブス)

※この記事は旧ブログ「右往左往」で2006/8/3に書いたものを再編したものです。


鳥がいると聞くならば、万難を排して見に行くぐらいの気概がないと、なかなかうまくゆかず、「遺跡めぐり」に甘んじることになります。
最近特に身につまされております。
先日の八幡川探鳥会ではビロキン(ビロードキンクロ)が出たそうじゃないですか・・・

逆に仕事を休んで大当たりだった鳥の経験もありますけどね。
最近ではハクガン、ベニヒワ(いずれも中国地方じゃ珍しい)、ソリハシセイタカシギなど。


やはり、幸運は勇者に微笑むのでしょうねぇ。

ローマ人のことわざにも以下のようなものがあります。
(日本のことわざのように全く逆の意味のことわざもあるんですけどね!)

Fortuna favet fortibus.
(幸運は勇者を助ける)
フォルトゥーナ・ファウェット・フォルティブスと読みます。
(ラテン語のvは濁らず、「うぁ」行で読みます)

fortunaは運、運命、幸運という意味に用いられる一般名詞ですが、同時にFortunaという幸運(運命)の女神でもあります。日本と同様に数十万の神をもつローマ人は運命に神秘的なものを感じ、かつそれが「女神」であると痛切に思ったんでしょうね。


単語の説明

fortuna
 第一変化名詞fortuna(フォルトゥーナ、運命・幸運の女神)の単数・女性・主格。
 主語として「幸運は」「幸運の女神は」ということになります。
 英語のfortuneの原語になります。

favet
 第二変化動詞faveo(ファウェオー、好意を持つ、寵遇する)の三人称・単数・現在。(ちょっと専門的:目的語として対格ではなく与格を取ります)
 述語として「好意を持っている(援助する)」という意味になります。
 英語のfavorの原語になります。

fortibus
 第三変化形容詞fortis(フォルティス、強い、勇敢な)を名詞的に用いて「強い人、勇敢な人」という意味になっています。この単語の複数・男性/女性・与格。
 目的語として「強い人々を、勇敢な人々を」という意味になります。
 音楽のforte(フォルテ)もこれ起源です。

二葉山平和塔

二葉山平和塔
二葉山平和塔
日が傾いて逆光だったり、カメラを縦にして撮るのが下手なので傾きがひどかったりとアレな出来ですが、晴れた日に行くとキラキラしててなんともいえない気分になります。

二葉の里歴史の散歩道12番目は、二葉山山頂の平和塔。

広島駅周辺から二葉山のほうを見ると、キラキラした塔を見ることが出来ます。
実はこの写真を撮りに行くまでこれが何であるか知らなかったのです。

二葉山平和塔は昭和41年(1966)に日本山妙法寺が中心になって、原爆犠牲者慰霊のために建てられた仏舎利塔です。
塔内にはインド、モンゴル、スリランカ(セイロン)から贈られた仏舎利と市民が願いを込めて贈った祈念石数万個が安置されています。

仏舎利:釈迦の遺骨といわれるもの:wikipedia

平和塔仏像
仏像
真ん中の仏像はスリランカより贈られたものです。
日本の仏像とは顔立ちやらなにやら違います。


二葉山からの風景
二葉山からの風景
標高139mの二葉山からは市街地一円、似島や宮島など瀬戸内の島々を見ることが出来ます。
登山ルートは金光稲荷神社を通り抜ける登山道ルート、尾長天満宮から登る舗装ルートがあります。
登山道ルートは金光稲荷奥の院から上に行くルートが険しく、見つけにくいので注意が必要です。年配の方や小さいお子様は難しいかも。でも、稲荷神社群を通って、森の中を歩くのは楽しいです。

また、ここから尾長山、牛田山と縦走することも出来ます。

地図

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ユーカリの木見てきた

ユーカリの木
八幡川橋からのユーカリ
八幡川沿いにぽつねんと大樹。

人気サイトデイリーポータルZ内の「ちょっと見てきて」のコーナーに投稿された
川沿いのユーカリ大木見てきて
を見てきました。
ちょうど帰社する道のりだったので。

ユーカリ近影
ユーカリ近影
張り紙
ただ立ってるだけじゃなく、地域のためにも貢献

「見てきて」では由来なども知りたいとのことだったので、通りがかった方(ヘルメットの人たちじゃないですよ)にダメモトで話しかけたら、まさに植えた方だったんです。

こういうことってあるもんなんですねえ。


このユーカリの木は近所の方が、30年ほど前に植えられたものだそうです。
特に何かの意味があるわけではなくて、何かの折に入手したユーカリの苗を捨てるのもなんだからという理由だそうで。

ユーカリ下から
下から見上げたユーカリ
伸び過ぎた部分が派手に切られたり、樹皮がはがれたりした部分がありますが、まだまだ健康そうでした。
(調べたところ、ユーカリはまるで脱皮のように古い樹皮がはがれることで幹が大きくなるそうです。つまり、まだまだ生長途上みたいです。)


いい香りがするとか、すぐに大きくなるとか、まるで自分の子供を自慢するような口ぶりがほほえましかったです。


護岸のラインが
周りの構造物が・・・
舗装もガードフェンスも護岸もユーカリにあわせています。
この写真の裏側も同じように護岸のラインがかわり、ガードフェンスが続いてます。
邪魔だからばっさり、ではないところがいいです。

広島東照宮

広島東照宮拝殿
広島東照宮拝殿

二葉の里歴史の散歩道10番目
二葉山山麓七福神めぐり4番目は徳川家康を祀る広島東照宮。
広島駅新幹線口に近く、アクセスも便利です。

広島東照宮は幕府の勧めにより、1646年(徳川家光の時代)に造営されました。
浅野家が徳川家と親戚関係にあったことも関係しています。


広島東照宮山門
山門

武家を祀る神社だけあって、饒津(にぎつ)神社と構造が似ています。
灯篭の行列→唐門

唐門
唐門拡大
唐門

唐門と翼廊、御供所、本地堂、手水舎は原爆の惨禍にも耐え抜き、江戸時代初期の建築様式を伝えています。
細かいところを見てゆくと、いろいろ面白いです。
解説も丁寧ですよ。

御供所
御供所(ごくうしょ)

御供所は神に供える酒や食べ物を調える場所です。
書院風の建築です。

本地堂
本地堂

初めは薬師如来を安置してたそうですが、現在は神輿を納めています。
神仏混合の遺構です。


東照宮では、いろんなところに動物の姿を見て取ることができます。
いろいろ細かいところが楽しいので、双眼鏡を持ってゆくことをお勧めします!

うさぎ
うさぎ(手水舎)

うし
うし(本地堂)

ねずみ
ねずみ(本殿)
純日本風建築なのに、異国テイストがプンプンしてます。

かめ
かめ(本殿)


このように楽しい場所ですが、一方で、残念な自然破壊の現場も見ることが出来ます。

井戸
御神水の井戸
名水として知られる井戸ですが、ここ数年井戸は枯れ、伏流水も見ることが出来ません。
一説によると、二葉山トンネル建設のためのボーリング調査によって花崗岩質の山から水が抜けてしまったためと言われています。真偽のほどは定かではありません。
二葉山トンネルの建設については、その是非を問う声が根強いです。

ふくろうの木
梟の巣穴
東照宮では毎年アオバズクが繁殖していた巨木があったのですが、平成18年に枯死。
そのため、伐採し、このように巣穴を「遺跡」として保存しました。
はっきりいって、木が生きてようが死んでようが、アオバズクにとっては関係ないことです。
葉がないことで周囲から丸見えになることが問題なら、何らかの覆いをしてやることだって出来たはずです。
伐採は自然の事を顧みない、二葉の里の住民の意識の程度を表しています。
それでいて二葉山トンネルで自然が破壊されるとか、ちゃんちゃら可笑しい。


最後に、恒例の七福神。
本殿の裏手におり、最初に訪問したときには見逃しました。

福禄寿
福禄寿
「仰ぎみる その御頭の 長きこと 延寿の徳を 与えまします」

にぎつ神社のエントリーでは違和感があると書きましたが、改めて思うに、長寿のおかげで天下を取った家康を祀る神社に相応しい気もします。


地図

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権現山-阿武山縦走&鳥見

権現山
権現山(標高397m)
山の中腹に見えるのは毘沙門天多宝塔
山頂にはテレビ塔が見えます

阿武山
権現山から見た阿武山(標高586m)

広島市安佐南区の権現山に遊びに行ってきました。
お宮参りと登山とバードウォッチングを兼ねてのことです。

毘沙門天山門
毘沙門天山門

権現山の入り口にある毘沙門天は地域の信仰の篤い神様で、毘沙門天にも見所が満載なのですが、別にエントリーを設けることにします。

毘沙門天にはいるや否や、ヤマガラ、コゲラ、メジロの声が響き渡り、一足早い春にウグイスのさえずりも聞こえます。
遠くからはアカゲラの声も聞こえて、かなりいい感じです。

毘沙門天を一通り見て歩いて、多宝塔から権現山遊歩道(登山道)に入ります。

里見の岩からの風景
多宝塔の前にある「里見の岩」からの風景
黄砂で春霞がかかってしまい、残念。

遊歩道はチップを固めたものが敷き詰められていて歩きやすいのですが、昨晩の雨でスポンジ状になっており、登る力が吸収されてしまい、ちょっと苦戦。
下りは衝撃が吸収されて膝への負担が減りそうです。

ヤマガラやシロハラなどを確認しつつ、ほどなく山頂へ。

権現山山頂
権現山山頂
山頂には各テレビ局の中継所がある。
そのために舗装道路(林道)が整備されている。

権現山で一息ついたところで、隣にある阿武山が目に入る。
ハイキングコースは阿武山まで2キロ、それを抜けて太田川まで5キロ。

昼前に市内へ帰るつもりでしたが、ちょっと軽い気持ちで阿武山まで足を延ばす。

鳥越峠を越えて阿武山登山道まではゆるゆるしたハイキングコースでかなりゴキゲン。
でも、ヤシャブシとかたくさんあるのに、風が強めで、鳥がいない。さみしい。
マヒワとか期待してたんですけど。

阿武山へは「登山道」、「遊歩道」「西廻り登山道」の3コースありますが、今回は西廻り登山道を選択。
薄暗い林を延々と平坦に歩き、阿武山の北側に回りこむルートです。
キクイタダキや、カケス、シジュウカラ、ウグイスなどが登場。
そして、飛び去る青灰色の物体を発見。ルリビかと思いきやクロジでした! ラッキー!
暗い林の中を歩き回る姿をゆっくり観察。

しかし、山の北側に回りこんでからが地獄!
斜度40度はあろうかという坂道を登ります。
斜面をわずかに削った階段がついてますが、昨晩の雨でぬかるみ、滑る!
落ちたら死ぬ!
かなりびくびくしながら、何とか山頂へ。

阿武山山頂
阿武山山頂

山頂では遊歩道からこられた老夫婦に「西廻りは滑って大変だったでしょう」と苦笑されました。

阿武山山頂からの風景
山頂からの風景
やっぱり黄砂。

ここから「太田川ハイキングコース」(2900m)を下ります。

最初に言いますが、どこが、ハイキングやねん!!
登りの比じゃない恐怖の連続!

下り始めて5分で後悔。
落ち葉が積もったただの斜面を等高線に垂直に下るのは絶望的な恐怖です。
ずるずるずるずると滑り、地面を削りながら、木につかまったりしながら降りてゆきます。
「この木を持って、ここに足をかけて、次は・・・」
なんだかフリークライムの世界です。

阿武山-太田川ハイキングコース
ハイキングコース
斜面のすごさを伝える写真が上手く撮れなかったので、縦に長い写真にしてみました。
この写真、奥行きはほとんどないですよ。
画面中央に、私が滑りこけた跡が見える。
こんな斜面が95%を占める。

慎重に降りるが、それでも4回滑りこけて服はどろどろ、尻は痛い。

2回のアップダウンの後、国道54号線に出るルートを選択しましたが、これがまたひどい。
杉林で手がかりがほとんどなかったり、斜面に対して斜めに切った登山道がほとんど消滅して、ただの斜面になっているので、滑落の恐怖と戦ったり(重力に逆らった移動をするのは思ったより難しい)。
また、カラスザンショウの幹(リンク先一番右下の写真)に手を回してしまったり。

約3キロを2時間かけて降りました。下りは鳥どころじゃないです。

まあ、なんだかんだいって楽しかったんですけどね。
ドロドロの状態でバスや電車に乗るのは気が引けましたが。


地図

googlemapでもよかったんですが、コッチのほうが峻険さを表してるので。
阿武山から東のルートは、2つ目の峠から八木6丁目まで等高線をほぼ垂直に下ります。

私家版鳥類図譜



『私家版鳥類図譜』
諸星大二郎
2003年講談社
ISBN 4063346943


鳥にして、鳥にあらず。

幻想漫画の大家が鳥をモチーフに自由な想像の翼を羽ばたかせた短編6話で構成されてます。
ファンタジー、SF、ミステリー、ユーモア、歴史ものとジャンルも多彩です。

鳥類学上の鳥たちも登場するけれど、これはいわばご愛嬌。全体として、実際の鳥の生態や特徴に即した話は、あえて避けるようにしました。
(あとがきより引用)
とのことですが、意外としっかり描かれていて、結構識別できたりするのが楽しい。
オオソリハシシギにシラコバト、タンチョウなどなど・・・


しかし、諸星氏は届かぬものへの憧れと絶望が混じった作品が多いですが、この短編集は「鳥」という羽ばたき、手の届かぬところにいる存在をモチーフにしただけあって、特にその色彩が強い感じがします。

もくじ
『鳥を売る人』
 SF的な作品です。空のない世界に紛れ込んだ鳥にまつわる話。
『鳥探偵スリーパー』
 ユーモア。鳥の探偵スリーパーの活躍? モズの表情が最高です。
『鵬の墜落』
 ユーモア。巨大な鳥、鵬が上昇に失敗して墜落のてんやわんや。中国の故事と美味い具合に絡められてます。鳥の識別も楽しい。
『塔に飛ぶ鳥』
 SFファンタジー。外の世界への憧れ。もっとも諸星テイストが出た作品ではないでしょうか。
『本牟智和気』(ほむちわけ)
 歴史もの。古事記や日本書紀につづられる神話をモチーフにしています。
『鳥を見た』
 ミステリー。少年たちの好奇心と恐れが潮の満ち引きのように謎を解いてゆきます。

コネタですが、話末の「第1羽 おわり」とか書いてあるとこにあるクジャクの絵、『とりぱん』でも見たことがあるような気がするんですが・・・
現在単行本を貸し出し中なので確認できませんけど。

本庄水源地探鳥会

本庄水源地
本庄水源地

今日は雅楽さんのご厚意で呉市の本庄水源地探鳥会に参加してきました。

参加者48名と、いつになく大規模な探鳥会でした。

探鳥会の様子:探鳥会速報

アカウキクサ
隔離されたアカウキクサ
上を歩けるんじゃないかという勢い

湖面を覆うアカウキクサ(現在除去作業進行中)のせいか、カモは少なめ。
それでも、ヨシガモやオシドリがその美しい姿を見せてくれました。

本庄水源地は花見の季節以外立ち入り禁止の場所ですが、そういった場所に入って鳥を見るのは、見られる鳥がいつも以上に美しく感じられますね。
タブーの美学というやつでしょうか。


本庄ダム
本庄水源地は重力式ダム

鳥とは全く関係ありませんが、本庄水源地は稼動する水道施設としては唯一、国重文指定された施設です。
大正7年に建設された重力式ダムで、石積みが他のダムと違う重厚感を出しています。

ポンプ室?
下の水道施設に水を供給するポンプ室かな?

本庄水源地のダムとしての情報:ダム便覧


その後、アフター探鳥会として熊野、緑化センター、三篠川など訪ねて歩きました。
マヒワやバン、カワセミなどを堪能。

8日の鹿川といい、本当に天気に恵まれた一日でした。

金光稲荷神社

金光稲荷神社入り口
金光稲荷神社

二葉の里歴史の散歩道11番目は広島東照宮の裏手にある金光(きんこう)稲荷神社。(東照宮は見足りないため、後日)
延々500段もの階段が続く長大な神社です。
元禄時代(1700年ごろ)と伝えられています。

シリブカガシ
シリブカガシ案内板

この金光稲荷周辺の森は「シリブカガシ」というドングリの日本最大の群生地として有名です。
よい木炭になり、実もドングリの中では美味しいことから時の権力者に保護されたおかげです。
道中もけっこうドングリが落ちてました。

鳥居
100以上の鳥居が連なり、シリブカガシの森の中に吸い込まれてゆきます。
別世界につながるトンネルのような、エキゾチックな雰囲気です。

金光稲荷本社
金光稲荷本社

本社から奥の院まで約15分。大小無数の社が立ち並びます。

御産稲荷社
御産稲荷大神
子授、安産の守り神。
このくらいの位置なら、妊婦さんでも大丈夫かと思われます。

出世稲荷社
出世稲荷大神
昇進、出世の守り神。
出世はみんなの関心事。故に寄進も多そうです。

三狐呂稲荷社
三狐呂(さんごろう)稲荷大明神
三狐呂とは何か不明ですが、
金光稲荷の祭神は宇迦之御魂神(うがのみたまのみこと)であり、その別名は御饌津神(みけつのかみ)。転じて三狐神(狐の古名は“けつ”)ということで稲荷=狐になったことと関連があるのかもしれない。
参考:wikipedia 稲荷神

玉成稲荷社
玉成稲荷大神
商売繁盛の守り神。
出世稲荷が従業員の守り神なら、こちらは事業主の守り神。

玉秀稲荷社
玉秀稲荷大神
健康、病気平癒の守り神。
ここまで登れたら、十分健康だと思います。
写真、傾きすぎですな。

高彦稲荷社?
高彦稲荷大神?
なぜか、ここだけメモを取り忘れている。


お参りと健康の参道というだけあって、日ごろ不摂生な人には辛い。
ジャージ姿で登ったり、走ってる人もいました(山伏か!)

ようやく奥の院

金光稲荷奥の院
奥の院
東屋のようなシンプルな拝殿の奥に本殿が見えます。
奥の院は原爆で焼失しましたが、石の鳥居は残りました。

狐
狛犬の代わりに狐

奥の院まで来てようやく狐の像がお目見え(だったと思います・・・)
岩など自然の地形を生かした社が多く、そういう意味でも見所満載です。


ここからさらに登って二葉山平和塔にいけますが、急な場所もあるので、足腰に問題のある方は尾長天満宮からのルートがオススメ。

奥の院から
奥の院の上にある岩に登ると、広島市街と広島湾の島々が一望できます。


地図

大きな地図で見る

手水少女

手水少女
旭山神社で撮影の「手水少女」

先日の饒津(にぎつ)神社で、手水の受け方を丁寧に教えてくれる神社通の女の子がいると書きましたが、その後、色々な神社で彼女を発見。

なんとなく気になってググってみたら、以下のサイト他数件を発見。

全国手水少女分布(徘徊の記録)

手水少女というネーミングが妙にヒット。

全国展開。
種類もいろいろあるもんですね。

でも、お寺では見たことないんですよね。
神社庁がらみか? にしては置いてない所も多い。

にぎつで初めて気になったので、それ以前に訪問した神社では、あるのかないのか記憶が定かではないのが残念ですが、メモ代わりに私が記憶している限りの神社を記していくことにする。

饒津(にぎつ)神社(広島市東区)
早稲田神社(広島市東区)
旭山神社(広島市西区)
大歳神社(広島市西区)
塩屋神社(広島市佐伯区)
臼山八幡宮(広島市佐伯区)

別バージョン
新宮神社(広島市西区)

さらに別バージョン
鶴羽根神社(広島市東区)

鹿川水源地探鳥会

フェリー
宇品⇔三高フェリー

穏やかな小春日和。
江田島市で開催された鹿川水源地探鳥会に参加してきました。

広島港でハヤブサ、途中の航路でクロサギ発見など、なかなか好調な滑り出し。

三高港で担当の方の車に乗り込み、水源地へ。

鹿川水源地
鹿川水源地

一応公園として整備されていますが、木々も豊かで、ミカン畑、耕作放棄された場所などさまざまな環境がひしめいた、ユニークな場所です。

オシドリ
オシドリ(左が♂右が♀)

この水源地一番の目玉はオシドリ。
水源地の周りのドングリを目当てに、毎年数羽から十数羽やってきます。
ただ、私たちが到着したときには、チェーンソーの騒音に驚いて、物陰に隠れてしまっていたのでした。

参加者が30名弱と多いので、水源地を右回りと左回りと二手に分かれて探鳥。

ジョウビタキ
ジョウビタキ♂
尾羽にピントがきちゃった。

コゲラ
木の実を食べるコゲラ
多分♀。♂は頭に赤い羽根があるのですが、これが結構確認しづらいので雌雄の判別が困難。

いわゆる「珍鳥」は出ませんでしたが、二月とは思えぬ陽気の中、小鳥たちのさえずりや採餌などを存分に楽しみ、ゆっくりおしゃべりしながら歩くことが出来ました。
シジュウカラやヤマガラ、メジロ、ジョウビタキにコゲラ、ホオジロやキセキレイ、シメ、ノスリに、もちろんオシドリも。
鳥が近くていい感じ。

昼食を食べながら、担当の里山さんが作っていただいた資料片手に鳥合わせ。
担当の里山さんは芸南屈指のバードウォッチャーでありまして、芸南地区の鳥に関して膨大なデータを有してらっしゃいます。
道中「ある種の鳥がここ(島嶼部など)にはいないって確かめるのも面白いんですよ」など目から鱗のお話を聞くことが出来ました。

取り合わせの後は、第二部として同じ島内にある深江の葦原&釣附海岸(つりつきかいがん)へ。

アフ探
釣附海岸
海が綺麗!!
この島は干潮時に陸続きになるので、有志と共に上陸してきました。

ウグイス
ウグイス

葦原ではウグイスやモズ、アオジなどが。
アオバトを見た方も!

マヒワ
マヒワ♂

釣附海岸ではヤシャブシの実をずっと食べ続けてるマヒワの群れを近くでゆっくり観察できました。
マヒワって、集団で飛んでゆくところとか、遠くの木で見えたり隠れたり、超逆光・・・ぐらいしか思い出がないので、非常に嬉しかったです。
また、ベニマシコ(声のみ)、ルリビタキなども。


穏やかな天気の中、本当にリラックスできた一日でした。


関連記事
探鳥会速報  09.02.08 鹿川水源地探鳥会

明星(みょうじょう)院

明星院
明星院

二葉の里歴史の散歩道8番目
二葉山七福神めぐり2番目は真言宗明星院です。
スタンプハイクは本堂に入って右手です。

明星院はいつ開かれたか分かっていませんが、毛利輝元との関わりもあることから、それ以前からあったと思われます。
広島に根を下ろす歴代の支配者(毛利、福島、浅野)によって保護されました。

不動院のエントリーでもちょっと触れましたが、真言宗の寺院はやたら(仏)像が多い傾向があります。
誤解を恐れずに大雑把に言えば、真言宗はカトリックにも似たところがあり、様式を見える世界に表す(曼荼羅とか)のがひとつの教義みたいなところがあるからと思われます。
不動院では建物中心で書きましたが、明星院では像オンパレードでいってみます。
ここで紹介するほかにもたくさんあります。

明星院狛犬
狛犬
なぜか、仁王像ではなく、狛犬が鎮座してます。
しかも、どっちも獅子?

八木新兵衛像
八木新兵衛像
明治の廃仏毀釈でダメージを受けた明星院を立て直した大檀主を称えています。

水子地蔵尊
水子地蔵尊
ぬいぐるみなど供えられてあり、切なくなります。

銭洗い不動尊
銭洗い不動尊
ここで財貨を清い心を持って洗えば、清浄なものになるそうです。
「ある時の倹約 ない時の辛抱」というフレーズが心に痛い。

小僧さん?
小僧さんっぽい像???

観音さま?
観音さまと思われます。

不明像
正体不明の像
もはや何を表しているのかわからない。
真ん中の穴に旗か何か立てるのか?


明星院の凄いところは、ここまでが前振りです。
本堂の中には明治時代に作られた赤穂義士(浪士)47+1(天野屋利兵衛)像があります。
赤穂の浅野家は広島の浅野家の分家に当たるため、このような形で広島には赤穂浪士を偲ぶ史跡などが色々残っているわけです。

原爆によってこれらの像を納めていた義士堂は破壊されましたが、義士像は損傷のあるものの現存しています。
表情や持ち物も豊かで、一見の価値ありです。
スナップ用のカメラだったんで、フラッシュ光量調節が出来ず、残念な写真ですが、ごく一部を紹介。

義士像表門
表門組
一番右が大石内蔵助良雄、その左に天野屋利兵衛

義士像裏門
裏門組
中央が大石主税良金
あどけない表情が印象的です。

おまけ
堀部安兵衛
キムタクもとい堀部安兵衛武庸


さて、最後に七福神
毘沙門天
毘沙門天
「魔を降す 猛き姿に ひきかえて 情けにあまる 福徳の神」
インドの王子様みたいな感じですね。


実は、明星院では七福神もまつられており、七福神めぐり自己完結してます。
七福神
明星院七福神(アイコン風)
像によって、木や石や陶器など材質が違ったり、色が塗ってあったりなかったり、弁財天にいたっては絵だったりと、混沌とした雰囲気が最高です!


地図

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鶴羽根神社

鶴羽根神社
鶴羽根神社
工事中で埃っぽかったです。
内側の鳥居の間を大型ダンプが通ってました!

二葉の里歴史の散歩道9番目
二葉山山麓七福神めぐり3番目の鶴羽根神社。
明星院は色々見足りないので後日に回します。

鶴羽根神社は鎌倉時代、源頼政の遺言によって建てられた椎木山八幡宮が前身といわれています。
鶴羽根神社の名の由来は二葉山を上から見たら鶴が羽根を広げたように見えるところからつけられたそうです。
800年の歴史を誇る、歴史の散歩道有数の古社ですが、饒津(にぎつ)神社と広島東照宮に挟まれた格好で、ひっそりとしています。


狛犬
狛犬の台座には「紀元2600年」(西暦1940年)とあります。
なかなかいい感じに風化してます。


鶴羽根神社拝殿
拝殿。
天保4年に焼失、原爆で再焼失。
歴史の散歩道スタンプハイクのスタンプは賽銭箱の左手の台にあります。
拝殿奥に見える炎は神事の真っ最中だったからです。


境内の右手に、神社らしからぬ石像が目を引きます。

山縣豊太郎像
山縣豊太郎像

山縣豊太郎(1898-1920)という人の像です。
彼は民間航空界の草分け的存在であり、当時のヒーローでした。
民間人飛行士として初めて宙返りを成功させたり、東京大阪間無着陸飛行大会での優勝など輝かしい成績を残したのですが、連続宙返りの途中、不運にも飛行機の翼が折れ、墜落死しました。
最初は銅像だったのですが、戦争で供出され、2001年にようやく石像として生まれ変わりました。
山縣豊太郎、詳しくはこちらで。→鶴羽根神社山縣豊太郎飛行士の像


山縣豊太郎像の向かいに七福神がいます。
弁財天
弁財天
「ひく琵琶の 妙なる音にも 似たるかな 福を喜ぶ 諸人の声」
琵琶を持った菩薩っぽい、ふくよかさが印象的です。

地図

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饒津(にぎつ)神社

にぎつ神社の提灯
いたるところに浅野家の家紋

二葉の里歴史の散歩道、ようやく折り返し点の7番目は饒津(にぎつ)神社。
はっきりいって、読めません(汗

広島城の鬼門に1835年に造営された、浅野家の浅野家による浅野家のための神社です。
当然、祭神は浅野長政、他数名の浅野家当主です。

縁もゆかりもない人には本来関係なさそうなんですが、まあまあの人気神社でして、初詣の時期には臨時駐車場も設けられます。

にぎつ神社
ただならぬ奥行き。
牛田方面から来た人は、なかなか入り口にたどり着けない。
大きく回りこんで、南から入る(地図参照)

にぎつ狛犬(右)
にぎつ狛犬(左)
ここの狛犬は独特の雰囲気があって非常に好き。
左の狛犬の右後ろ足が浮いてるところもまた、いい。


向唐門
向唐門
唐門は武家を祀る神社の正門。もちろん東照宮(家康)などにも見られる。

この向唐門は平成になって復元されたものですが、唐門としては全国2位の大きさを誇ります。
浅野家は外様大名ですが、徳川家と深い姻戚にあり、大きな権勢を持っていたことが窺えます。


手水娘
時代がかった服で礼儀正しく手水を受けるお嬢さん。
塩屋神社などでも見かけたので、かなりの神社通と見た。


にぎつ神社
拝殿

浅野家の神社ですから、浅野家にまつわる人々のお墓や石碑などもあります。
藩医や学者などのものもあり、あちこち見てるだけで広島藩のカルト知識がついてきます。


被爆直後のようす
また、この神社も例にたがわず、原爆で焼失しており、石灯籠や手水鉢などに原爆の爪あとを認めることが出来ます。


最後に、ここは「二葉山麓七福神めぐり」という新しい散策スポットの始点(あるいは終点)になってます。七福神めぐりはほぼそのまま歴史の散歩道にかぶっているので、一緒にめぐってはどうでしょうか。
しかし、饒津神社で恵比須、東照宮が福禄寿・・・って、違和感無視しまくりのイベント的設置ですな。
初詣の時期に限り、七福神めぐりでイベントが開かれてたみたいです。
来年はぜひ行ってみたいと思います。

恵比須
恵比須天
案内板には「釣り上げし 魚を宝と 抱きしめて 笑う恵比寿の 神の御威徳」と。
正面向いた魚がコワイ!

地図

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碇神社他

碇神社
碇神社

二葉の里歴史の散歩道4番目のスポットは城下町では最古の神社(もちろん社殿は原爆で消失したのですが)。
伝承によると、奈良時代の頃は広島の影も形もなく、このあたりまで海だったそうで、岩礁のあったこの辺りの海を鎮めるため社が作られたそうです。
また、船はこのあたりに碇を下ろしたとのこと。
「碇石」というものが残ってますが、「伝承」ってつけてるあたりがちょっと正直w

碇石
碇石

狛犬は二対ありますが、社殿に近いほうは古く、所々破損しているところを見ると、戦前のものでしょうか?

碇神社狛犬外側
外側の狛犬。よく見ると、左のほうも「獅子」である。
内側から撮影したため、向きが変なことになった。

碇神社狛犬内側
内側の狛犬。こっちはちゃんと「獅子狛犬」である。

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そして、碇神社に程近い京橋川沿いにひっそり、小さく建つ八剣神社

八剣神社
八剣神社

規模こそそこらの地蔵尊レベルだけど、伝えられる伝承は広島にとって重要です。
福島正則が広島城主だったとき、堤に人柱を使おうとしたところ、不憫であるからと、秘蔵の名剣八振りを人柱の代わりに用いたそうです。
その剣の霊を祀った神社であり、福島正則の広島における唯一の治世の史跡となりました。
(他にゆかりと言えば正則の部下の可児才蔵を祀った才蔵寺ぐらいでしょうか?)

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水道資料館から碇神社に向かう途中、旧市内唯一の吊り橋、工兵橋があります。

工兵橋
工兵橋

陸軍工兵第五連隊が演習場に向かうために明治時代に架けたのが始まりで、昭和8年、昭和29年に架け替えられてます。


地図

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塞翁が馬(職場で鳥見)

雨が降ったら中止の工程だった筈なのに、早朝まだ降ってなかったからと、強行。
歯の根が合わぬ寒さの中で「やっぱりダメだ」と結局半日で仕事が終了。

五日市から広島へバイクで辛い帰宅途中、八幡川の上を飛び交うツバメ類の小群が!

「お! ツバメ初認!? 2月中にツバメ確認なんて俺クール!」
とか浮き足立ちましたが、イワツバメだった模様。
しかし、中に数羽翼の形がおかしいやつがいる。

ツバメ科の鳥はよくエッジの効いた細く鋭い翼で描かれるけど、実際は細長い三角形(まあ、多くの鳥に比べると随分シャープなんだけど)。
しかし、中に混じる数羽は細い翼がまるで鎌のよう。それはまるでアマツバメ科のように。

双眼鏡もない上、空が暗いのでシルエットだったり、厳しい状況でしたが、ツバメ大、浅い凹尾、翼の形からヒメアマツバメと同定しました。
家に帰って図鑑やネットなどで検討してみましたが、ヒメアマで間違いないみたい。

雨のせいで低く飛んでいたのでしょうか?
雨だからとスナップ用のデジカメを持って出なかったのが悔しい。(どのみち高速で飛ぶツバメ、アマツバメ類をファインダーに収めるのは絶望的に困難だが)

冷たい雨の中にも思わぬ鳥との出会いがある。人生万事塞翁が馬、みたいな一日でありました。
若干熱っぽいので、豆食って、もう寝ます。

今日の夢(現実を映す?)

妙な夢を見た。
ま、妙と言うより、嫌な夢なんですがね。

港湾地区のような殺風景な場所で仕事をしているのだが、昼休憩が終わって現場に戻ろうとしても、迷路のような路地に迷って戻れない。
一方通行をたどっていると、袋小路だったり。(車だったら戻れない!)

途方にくれていると路上で開業している整体屋に出会った。
紺の生地に白地で「整体」と書かれた一本の幟と一脚の椅子の隣に受付の看護士のおばちゃんがたっている。
先生の姿は見えない。
「最近、肩こりがひどいんですけど」
と話しかけてみたら、おばちゃんはやけにニヤついた表情で
「多分治らないと思うけど、やってみます?」
「治らないんなら、いいです」
私はとぼとぼとその場を去った。


ところで目が覚めた。

現実を反映した、これ以上ない悪夢だった。

元宇品冬鳥事情2009

ミヤマホオジロ
ミヤマホオジロ


今日は昼から図書館当番なので、久々に元宇品へ。

いきなりミソサザイ登場。
2年前の2月にも見てるので、冬鳥として定期的にやってきているのかもしれない。

ミソサザイの直後に、なにやら赤い塊が道路を横切り、はっとする。
正体がわからず、やきもきするが仕方がない。
(この鳥の正体は番組の最後に!)

元宇品での冬鳥の最大勢力はおそらくシロハラ。
ほんと、どこにでも居る。こっちが見つけてもいないのに、キュポポポと鳴きながら飛び去るので、わかりやすい。
ついで、ジョウビタキ。この子らはフォトジェニックなだけに余計目立つ。
ツグミはそれほどいない。海辺で磯をあさっているのを数羽見ただけ。去年もそんな感じだったような。意外と食性が違うのかも。
残念ながらルリビタキには出会えず。去年は数羽見たんだけど。

その他、まだ硬い梅のつぼみを食べるシメにも出会えた。

元宇品は照葉樹林で下生えも多くないが、それでもアオジとミヤマホオジロは毎年山から下りてくるようだ。対してホオジロは見たことがないのが不思議。前二種のほうがより森林性が強い、ということだろうか。
ミヤマホオジロは毎年来る場所が固定されている気がする。出会うのはいつも同じ場所。
この場所はゴルフ練習場にしてるオッサンがいるので、少し心配である。

プリンスホテルの近くで、木に止まったツグミ大の鳥に出会う。違和感のある色に双眼鏡を向けると、イソヒヨドリ。
そうか、最初に見た赤い塊はキミか。(位置的にも非常にしっくりくる)
イソヒヨドリのくせに、木から木へ。岩礁や護岸に止まらない変わり者。
(変わり者かと思ってましたが、結構森のものも食べてるみたいです)

イソヒヨドリ
イソヒヨドリ ♂
翼に白い星があって、腹が鱗模様なのは第一回冬羽

最後の最後で疑問が解決できて、非常に満足の朝でありました。

プロフィール

紅葉修

Author:紅葉修
もみじおさむと読みます。
趣味は鳥見、トンボ見、寺社巡り、ラテン語、ゲームなど。
観察は広島市中心。
ツイッター @volitare1

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